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なぜ私がゲームをやらなくなってしまったのか?

家庭用ゲーム人口600万人減、非利用者の4割「他に欲しい物ある」 -INTERNET Watch

3人に2人が「家庭用ゲームをしない」-ITmedia News

上記のような記事がでていました。私もゲームをやらなくなってしまったうちの一人です。最後にやったゲームはFF12ですかね。
私がやらなくなってしまった理由として最も大きな要因を占めるのは「ゲームをやってる時間が無駄に感じてしまう」ってことでしょうかね。グラフィックの進化とか、ゲーム自体には興味があるのですが、やってる時間が無駄に感じてしまいあまり楽しめないってのがあります。結局詰んでしまいそうで、そんなもののために金を払う意味があるのかって感じてしまいまったく買おうという気が起こらないのです。結構ゲーム機高いですしね。

ゲーム機買うのに3万だすなら他のものにつかいますかね。これは

一方、「家庭用ゲーム非参加者」768人に「家庭用ゲームをしない・しなくなった理由」を複数回答で質問したところ、「ゲームに対して興味・関心がない」(45.4%)と「他にやりたいことや欲しい物がある」(45.2%)が半数近くに上った。

ってところにあるように多くの人がそう思っているようです。

男性で多くの人がゲーム離れするのは大学になったときだと思います。大学になるとその他のことの出費がばかにならんほどあがりますからね。おしゃれしようと思っても金がいるし、遊ぼうと思っても金がいりますし、勉強するにも金がいりますからね。そのためにバイトをはじめたらますます時間もなくなりますし。

それにどうしても何にもやる気がでないって時がどんな人にもあると思いますが、そんな時がボケーっと見て笑えるニコニコ動画なんかを使えば済む話ですからね。(私はそうしてます。)

また、家庭用ゲームをゲーム以外の活用先として期待する分野を複数回答で尋ねたところ、「医療・リハビリ」(52.6%)と「教育・学習」(51.2%)が過半数。CESAでは「健康増進・フィットネス」(37.8%)も3割を超えた。「健康や教育、学習など、“生活にもっと役立つ機能”が、たくさんの人々から望まれていることが浮き彫りになった」としている。

もうここまでくると従来のゲームがまったく求められていないことがわかりますね。任天堂の功罪といったところでしょうか。

ゲームのほかに余暇(あまり使える時間の少ない)を使うものがあまりにも増えたってのがこのような結果を導きだしたんですかね。

それともゲームごときにあまり高額な金は出せないと考える層(貧困層)が増えたのが原因ですかね?

バイオハザード5は人種差別的ではないが・・・

Game Sparkに次のような記事がでています
「バイオハザード5は人種差別的ではない。」専門家が人類学の観点で分析

黒人のキャラクターが悪役として描かれるのを人種差別だと認識するのは、愚かな過剰反応だと反論するBowman氏。バイオハザード5が人種差別的要素を持たないポイントとして、ゲーム中に登場するアフリカ系のゾンビ達は、自らの意思ではなく、第三者のテロ企業によって操られる、ある種の犠牲者であることを指摘。こうしたストーリー設定に加え、恐怖を演出するためにゲーム中で語られる神話的(非現実的)な要素は、植民地化の歴史や貧困の問題を抱える現実のアフリカとはかけ離れていることなどを挙げています。
また、AP通信の記事では、プロデューサーの竹内氏が自らこの問題を弁護しています。

“我々は、社会のある部分を侮辱するようなものを作ることは望んでいません。同時に、アフリカやアラブ諸国をゲームの舞台にすることが人種差別だと言われるのも疑問です。娯楽を生み出すクリエイターとして、その問題に向き合い、適正なバランスを取ることは重要です。

確かに人種差別的ではないのかもしれません。ただ恐らくは長年にわたって黒人が虐げられてきたという歴史的背景があるのでそこから過剰に反応してしまうのでしょう。ゲームの中といえど一方的に敵側の黒人(の形をした別物)を殺すというのはあまり気持ちのいいものではないのかもしれません。
例えば、私はWW2を舞台にしたアメリカ側にたって日本をおいやるようなゲームをするのは憚られます。この人種差別議論はこういう時にでてくる感情と似たようなものから起こってくるものであるのではないでしょうか?

ただこういうことを気にしすぎたら「リアル」に近いゲームという名のエンターテイメントを作るのが困難になっていってしまうのでゲームという文化を守るためには仕方のない部分があるでしょう。

みんなが幸せになれるような社会が存在しないように、みんなが不快な思いをしないような表現の仕方はないのだと思います。

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